説教要旨
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2018年5月20日 説教要旨 

聖霊降臨日(日野台教会70周年記念礼拝)

「神様からの賜物」使徒言行録2113

 

70年前、まだガスも水道も電気も通ってなく、あるのはただ森だけで野ウサギが駆け回っていたようなこの土地に神様は教会を建てる決断をされました。ストーン宣教師をはじめ、海外の宣教師、日本基督教団の牧師の働きによって土地が取得された後、中央農村強化研究所が設立され、最初の礼拝が捧げられたのが1948418日です。この日が日野台教会の創立記念日となります。70年の歩みの中には、牧師の交代、幼稚園の運営、会堂建築、その他その時々の教会の課題について、しばしば意見が激しく対立するような歴史もありました。教会の歴史はある面から見れば人間の罪の歴史です。何十年たっても何百年たっても人間の罪が繰り返されているように思えます。しかし別の面から見れば、そのような罪を繰り返す人間であっても、神様は愛と憐れみを注いで下さり、なお、わたしたち人間を愛し、導こうとされてきたともいえます。

 

二千年前、弟子たちの上に聖霊が降り、弟子たちは力を与えられ教会を建てていきました。三度イエスを知らないと言って逃げていったペトロは、聖霊を受けた後、迫害を恐れることなく、声を張り上げ、あなたがたが十字架につけて殺したイエスこそが救い主であると宣言しました。他の弟子たちもまた、インド、スペイン、トルコ、ギリシア、アルメニアへと伝道を続け、迫害や困難に立ち向かって教会を建てていき、最終的には、多くの弟子たちはその地で命を落としたと伝えられています。

 

70年前に教会を建てた、わたしたちの信仰の先輩方もまた、物もない、お金もない、人手も足りない、何もない所から神学校を建て、教会を建て、附属の幼稚園を建てました。そこに聖霊の導きがあったからです。二千年前に弟子たちに注がれた聖霊、また七十年前、日野台教会の設立の時に、宣教師、牧師、また信徒の方々、求道者の方々に注がれた聖霊は、今、わたしたちにも注がれています。

使徒言行録に聖霊降臨の出来事が描かれています。激しい風が吹く、家中に響く、炎のような舌が分かれ分かれに現れ一人一人の上にとどまる…、これらの一連の出来事は、自分たちには理解することができない、自分たちの意志や計画をはるかに越えた、圧倒的な聖霊の力が自分たちの上に降り注いだことを意味します。そのような聖霊の力を受けた弟子たちは、力と勇気を与えられ、神の言葉を大胆に語り、教会を建てていきました。

 

日野台教会も70年の歴史が刻まれました。それぞれの時代において、教会に連なる一人一人に聖霊が注がれて神の御業のために用いられてきました。神様がこの教会を与えて下さったこと、力強い御手をもって今日まで導いてくださったことを、喜びと感謝をもって受け止め、これからも聖霊の導きを信じて歩んでまいりたいと思います。

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